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札幌地方裁判所 昭和63年(行ウ)4号 判決

札幌市中央区大通西一〇丁目四番地

原告

楠原千枝

右控訴代理人弁護士

山本隼雄

齊田顯彰

札幌市中央区大通西一〇丁目

被告

札幌中税務署長 塩出捷明

右指定代理人

大沼洋一

佐藤隆樹

亀谷和男

溝田幸一

高橋徳友

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求の趣旨

被告が昭和六一年七月九日付けで原告の昭和五九年分所得税についてなした更正及び過少申告加算税賦課決定の各処分のうち、総所得金額三〇万円及び分離の長期譲渡所得の金額一二〇三万六二二〇円の合計一二三三万六二二〇円、税額二二八万四六〇〇円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定の全部を取り消す。

第二事案

一  事案の要旨と争点

本件は、被告のなした昭和五九年分所得税の更正等処分のうち、原告の申告を超える部分及び過少申告加算税賦課決定は違法であるとしてその取消を求めるもので、原告の売却した別紙物件目録記載の土地建物(以下「本件土地建物」という。)が租税特別措置法三五条一項所定の「居住用財産」(以下「法所定の居住用財産」という。)に該当するかどうかが唯一の争点である。

二  本件の経過(争いのない事実)

1  原告の申告

被告は、昭和五九年分の所得税について別紙課税状況等一覧表の「確定申告」欄記載のとおり確定申告した。

2  処分の経過

右申告についての処分の経過は同一覧表記載のとおりである。

3  原告の申告の根拠

(一) 原告は、昭和五九年一月二〇日、その所有する本件土地建物を代金四五八三万八〇〇〇円で訴外サントー株式会社に売却した。

(二) 原告は、右売却による譲渡所得について、本件土地建物が法所定の居住用財産に該当するとして税額を計算したうえ、その他の所得金額に対する所得税額と併せて、納付すべき税額を二二八万四六〇〇円と算定して右確定申告をした。

4  被告の更正処分の理由

被告は、本件土地建物は法所定の居住用財産に該当しないから右売却による譲渡所得については租税特別措置法三五条一項の適用を受けないと判断して、原告が納付すべき額を八一八万四八〇〇円と算定し、更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分をした。

5  原告の本訴請求

原告は、本訴において、昭和五八年九月二〇日から同五九年二月ころまで本件建物に真に居住の意思を持って居住していたから本件土地建物は法所定の居住用財産に該当するとして、更正等処分のうち、原告の申告を超える部分及び過少申告加算税賦課決定は違法であるとして、その取消を求めている。

三  証拠関係

記録中の書証目録、証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

第三争点に対する判断

一  原告の本件建物への居住及び売却の概略

1  本件土地建物はもと訴外楠原榮の所有に属したが、昭和四四年八月一九日、同人の死亡による相続により妻である原告が所有権を取得した。

2  本件建物は、当初平家建であったが昭和三九年に三階建に増改築された。訴外楠原榮の家族は二階に居住し、一階は事務所として賃貸した。

3  訴外楠原榮は、昭和四〇年ころ、札幌市中央区大通西一〇丁目四番地所在の日本住宅公団の賃貸住宅(鉄筋コンクリート造り一〇階建の五〇五号室六一・三二平方メートル。いわゆる3DKのアパート。以下「本件アパート」という。)を賃借し、原告らと居住する一方、本件建物を他に賃貸した。原告は、その後、楠原榮の死亡や子供達の独立で、本件アパートに単身で居住するようになった。

4  昭和五八年六月ころ、当時本件建物を賃借していた訴外日本ソーイング株式会社が、同年八月か九月で賃貸借契約を解約したいと申し出たうえ、同年九月二〇日には、本件建物から退去して原告にこれを明け渡した。

5  原告は、昭和五八年九月二二日ころ、本件建物にある程度の家財道具を運び込んで居住するようになった。

原告は、昭和五九年一月二〇日、訴外北海道ミリオンサービス株式会社の仲介で本件土地建物を訴外サントー株式会社に売却し、同年二月ころから本件アパートに居住するようになった。

以上の事実のうち、3は当事者間に争いがなく、その余の事実は、原告本人尋問の結果、甲第一ないし三号証、甲第七号証、甲第九号証の一、乙第一〇号証により認められる。

二  本件土地建物は法所定の居住用財産か

1  原告の本件土地建物売却の意思

(一) 証人松岡文市の証言及び乙第七号証によれば、原告は、昭和五八年七月一一日、訴外北海道ミリオンサービス株式会社との間で、本件土地建物の売却を目的とする専任媒介契約書を取り交わしたことを認めることができ、右事実によれば、原告は、そのころから本件土地建物を売却する意思を有し、その売却の媒介を依頼していたことを推認することができる。

(二)(1) もっとも、原告は、右売却に至った経緯について、次のとおり供述する。

〈1〉 訴外日本ソーイング株式会社が本件建物を明渡すことを連絡をしてきたので、昭和五八年九月二二日から本件建物の二階に居住し、一階には新たな賃借人を見つけることとし、同年七月ころ訴外松岡文市(訴外北海道ミリオンサービス株式会社の営業課長)に新賃借人の仲介を依頼し、その際乙第七号証に署名した。

〈2〉 右松岡には一階の賃借人を探すことを依頼をしたが、なかなか良い借り手が見つからず、一二月ころになって、同人から売るように勧められ、迷った挙げく、翌五九年一月になって、売却を決意した。

(2) しかしながら、甲第七号証によれば、本件土地建物の売買契約書に添付されている本件土地の地積測量図は昭和五八年一〇月五日には作製されていたことを認めることができる。ところで、特段の事由のない限り、建物の賃貸のみを目的とするのであるなら土地の地積測量図を作製する必要性はないところ、本件においては右特段の事由が認められないこと、原告がその後本件土地建物を売却したことを総合すると、遅くとも右地積測量図が作製された頃には、原告が本件土地建物の売却を考慮し、その準備を初めていたことは明らかである。そして、この事実に徴すると、原告の当初自己居住目的で使用を始めたが、その後に売却のやむなきに至った趣旨の右供述は採用できない。

2  本件建物に居住する必要性と本件アパートの確保

(一) 原告が本件アパートを退去して本件建物に居住しなければならないような合理的な理由は本件全証拠によるも見出すことはできない。また、原告本人尋問の結果によれば、原告は、本件建物に居住するようになった後も本件アパートの賃貸借契約を解約することなく賃借権を持ち続け、前認定のように本件建物売却後は本件アパートに居住するようになったことが認められる。

これらの事実関係によれば、原告は始めから短期間の後に本件アパートに戻ることを予定していたのではないかとの疑問がもたれる。

(二)(1) もっもと、原告は、右の経緯について、次のとおり供述する。

本件建物に居住するようになった理由は、本件建物が自分の家だったし、子供を育てた家で愛着があったからである。本件建物に居住したころには本件アパートの賃貸借契約を解約しなければならないと思ったが、そのころ二男邦彦が家庭内のトラブルから家族と別居し単身で生活するための住居として使用する必要があったのですぐには解約しなかった。邦彦を本件建物に住まわせなかったのは本件建物で何か商売をしようと考えていたためである。

(2) ところで、乙第一八号証によれば、右邦彦の住民票上の住所は、昭和五六年一一月一五日に札幌市北区新琴似五条一四丁目一番二〇号であったところ、昭和五八年一〇月一五日に同市中央区北一条西九丁目三番地九(本件建物)へ、同月二〇日に同区大通西一〇丁目四番地(本件アパート)へ、昭和五九年二月二〇日に同市北区新琴似五条一四丁目一番二〇号へと順次移動していることが認められ、右事実に原告本人尋問の結果を総合すると、右邦彦は、昭和五八年九月か一〇月ころ、本件アパートに居住し始め、昭和五九年二月には従前の住居に転居したことを認めることができる。

(3) しかしながら、原告が右邦彦と別に居住しなければならない理由が納得しうるものではないうえ(前認定のところからすれば、本件アパートは面積、間取的には同居が可能である。また、原告が商売をすることを考えていたので邦彦を本件建物に住まわせなかったとの話はその内容があまりに具体性を欠き採用しがたい。)、本件建物には愛着があったとの点も、これから冬に向かって寒くなる時期に、しかも後記4に認定するような本件建物に敢えて居住しなければならない理由としてはいささか薄弱であるといわざるを得ない。

3  本件建物における水道及びガスの使用量

(一) 乙一三号証の一ないし三、乙第一四号の二、乙第二四号各証、乙第二五号証によれば、訴外日本ソーイング株式会社が退去した後の本件建物における水道、ガスの使用量は次のとおり極めて少量であるのに本件アパートにおけるそれは従前とほとんど変わらなかったことを認めることができる。

(1) 本件建物の水道使用量は、昭和五八年一一月一日から昭和五九年一月五日までで合計一立方メートルである。

(2) 本件建物のガスの使用量は昭和五八年八月二〇日から原告が売却するまでの間で合計三一立方メートルである(この間のうち一か月は訴外日本ソーイング株式会社が居住しているのであるから原告の使用量はごく僅かということになる。因みに、同社は昭和五七年八月から昭和五八年七月までの一二月間に合計三六九立方メートル使用している。)。

(二) 右認定の事実によれば、原告が本件建物で主張の期間現実に生活を営んだかどうかかなり疑わしいといわざるを得ない。

4  本件建物の居住環境

原告本人尋問の結果及び乙第一六号証によれば、次の事実が認められる。

(一) 本件建物の二階に上がるには一階内部に設置されている階段を通らざるを得ず、一階を賃貸し、二階に居住するというのはいささか不適切と思われるほか、二階は全体で一室となっていて仕切りがないため、家具を置いて仕切りの代わりにする以外は改造でもしないかぎり生活しにくいことに加え、本件建物は相当老朽化しているのでかなり手を加えなければ居住には適さない状況下にあった。さらに、本件建物の浴室には浴槽がないため、入浴することはできなかった。

(二) 以上の状況下にあったにも係わらず、原告は、部屋の改造、補修等その他本件建物の居住環境を良くすることを一切しなかった。

5  まとめ

(一) ところで、法所定の居住用建物とは、譲渡もしくはこれに近い時期まで、ある程度の期間継続的に現実に起居するなど、社会通念に照らして実質的に生活の本拠として使用しているものをいうと解される。

(二) 以上に認定した、原告は、本件建物に居住を始める前の昭和五八年七月ころにはすでに本件土地建物売却の意思を有していたこと、原告は、本件売買時までの間に本件建物と本件アパートを居住用建物として保有し、従来本件アパートを生活の本拠としての居住の用に供してきたところ、昭和五八年九月になって本件建物を居住の用に供しなければならない合理的理由が見あたらないこと、原告が本件建物に居住したと主張する期間のガス及び水道の使用量、本件建物の居住環境等を総合すると、原告は、昭和五九年一月二〇日の売却当時、本件土地建物を実質的に生活の本拠としての居住の用には供していなかったと認めるのが相当である。

もっとも、原告がある程度の家財道具を本件建物に運び込んで昭和五八年九月二二日ころから本件建物での居住を始めたことは先に認定したとおりであるが、この事実も右の認定を左右しないし、他に右認定を覆に足りる証拠はない。

第四結論

以上のとおりであるから、本件土地建物について法所定の居住用建物に該当しないとしてなした更正処分及び過少申告加算税賦課決定に違法な点はない。

よって、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却する。

(裁判長裁判官 畑瀬信行 裁判官 石田敏明 裁判官 鈴木正弘)

物件目録

一 札幌市中央区北一条西九丁目三番九

宅地 一一六・五六平方メートル

二 札幌市中央区北一条西九丁目三番地九 所在

家屋番号 三番九

木造亜鉛メッキ鋼板葺三階建事務所兼居宅

床面積 一階 九五・六三平方メートル

二階 八二・八〇平方メートル

三階 三九・八六平方メートル

課税状況等一覧表

〈省略〉

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